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外務官僚の説明責任(下)

2007/7/18

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北方四島が領土交渉の対象とすることで合意しながら文章に記さなかったことが、禍根を残した(1973年、クレムリン宮殿で行われた田中角栄首相とブレジネフソ連書記長の会談、AP)
北方四島が領土交渉の対象とすることで合意しながら文章に記さなかったことが、禍根を残した(1973年、クレムリン宮殿で行われた田中角栄首相とブレジネフソ連書記長の会談、AP)

 『諸君!』8月号に新井弘一氏(元外務省東欧第一課長)が参加した鼎談(ていだん)「<拉致された国土・北方四島>を諦(あきら)めてなるものか!」が掲載されている。その中で新井氏は、対露経済支援を非難する。

 〈残念ながら、領土問題の環境整備と称して、日本は対ロ経済支援をするようになり、そこに鈴木宗男衆議院議員の活躍の舞台が用意された。東郷和彦氏(元外務省欧亜局長)、佐藤優氏(元外務省国際情報局主任分析官)も、そこに絡んでくる〉という新井氏の記述は、事実誤認と言うよりも意図的な情報操作だ。領土問題の環境整備として経済カードを使うという戦略は73年の田中・ブレジネフ会談のときに新井氏が組み立てたものだ。さらに、鈴木宗男氏は対露経済支援が本格化するよりもずっと以前から北方領土問題に取り組んでいる。

 新井氏は北方領土交渉が停滞した理由について考察する。

 〈近年の日ロ交渉の停滞を招くについて、“三つの悪”が災いしていたと、私は考えています。

 一つ目は、一部の政治家と官僚の功名心です。自分が関係ポストにいるあいだになんとかカタをつけ、願わくは、点数に結び付けたいという個人的な願望、これが交渉の道筋をあらぬ方向に捩(ね)じ曲げています。

 二つ目は希望的観測というやつです。自分に都合にいいように考えるから、醸成判断を間違える。

 三つ目は交渉力の貧困です。戦略なき「誠心誠意」といってもよい。これは一つ目にあげた功名心とも密接に関連していて、任期中に解決したいとい思いが強すぎるために、短期間にやろうとして墓穴を掘る。

 ロシア側トップの訪日に関する話が持ち上がると、必ず日本側の大小の政治家がモスクワに行ってひと役買おうとしますね。それも諸悪の根源で、まさに永田町政治の延長に位置する“陳情外交”にほかなりません。ゴルバチョフのときも、エリツィンのときもそうでした。真偽のほどはさだかではありませんが、ゴルバチョフ来日の際、日本の政治家がモスクワへやってきて、二百八十億ドルで北方領土を買い戻すと言ったとかいう話が、当時のロシア外務大臣のメモワールに書かれている。そうかと思うと、駐ロシア大使はこんな提案を日本の総理大臣に吹きこもうと思っているけど、エリツィンさんのご感想はどうだろうと聞いたとか…〉

 「官僚の功名心」「希望的観測」「交渉力の貧困」という3点は、まさに新井氏にあてはまる。73年の田中・ブレジネフ会談で、ブレジネフ書記長が北方四島が領土交渉の対象であることを文書で認めなかったのはまさに「交渉力の貧困」であり、文書にしなくてもソ連が発言をほごにすることはないという「希望的観測」を抱いていたからだ。失敗した交渉である田中・ブレジネフ会談を世紀の大成果の如く言い張るのは現役を去っても新井氏が「官僚の功名心」から離れられないからだ。それに「貧弱な語学力」を加えてもいい。

 新井氏は、大学でも外務省でもロシア語を専攻したにもかかわらず、ロシア語で要人と複雑な意思疎通をすることができない。もっともこのようなロシア・スクールの外交官は新井氏だけではないので、それ自体は珍しい話でない。新井氏の英語力も相当あやしい。1991年9月に私は新井氏に同行してリガを訪れラトビア外相と会談したが、新井氏はラトビアをいつも「リスアニア(リトアニア)」と言う。ラトビア外相に、「一応、公式会談だから、こちらからも訂正を申し入れる」と言われ、恥ずかしい思いをしたことを筆者はよく覚えている。これは文法力や会話力の問題と言うよりも、小国の民族の心理に対し新井氏が鈍感だからこのような致命的ミスを犯すのだ。

 戦前、戦中の陸軍、外務省には「支那通」、「露西亜通」と呼ばれる謀略専門家が数多くいた。これらの人々は語学、現地事情に通じ、人脈をもっていたが、自らの工作が失敗するとそれをすべて相手の責任に転嫁するという傾向をもっていた。従って、相手国に対する極端な親近感が今度は極端な憎悪に転換する。突き放して言えば、新井氏もこの範囲に属する。自己の過去を新井氏がどう整理するかは同氏の個人的趣味の問題だ。しかし、歴史的事実の改変は許されない。東郷和彦氏の『北方領土交渉秘録』(新潮社)を読めば、読者は新井氏の歴史的役割を客観的に評価することができる。

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